2024年3月25日
鈴木宗男の再審請求が東京高裁に棄却された
鈴木宗男参院議員は、有罪確定後も無実を主張し再審請求を続けていた。2024年3月25日、東京高裁は再審開始を認めない決定をし、請求を退けた東京地裁決定を支持して即時抗告を棄却した。弁護側は最高裁へ特別抗告する方針を表明した。
未解決
2023年10月10日
鈴木宗男が無届けでロシアを訪問しロシア擁護発言をして維新を離党した
日本維新の会の鈴木宗男参院議員は2023年10月1日から5日にかけてロシアを訪問したが、参院には海外渡航を届け出た一方、党が定める事前申請は行っていなかった。
訪問中、現地メディアの取材に対し「ロシアの勝利を100%確信している」などと発言した。
党の党紀委員会は除名とする答申をまとめたが、10月10日、処分方針の説明を受ける前に鈴木氏本人が離党の意向を示してこれが受理され、無所属となった。同日の記者会見で鈴木氏は「私は今までもロシアの友人で、これからもロシアの友人だ。それは日本の国益のためだ」と述べた。
釈明のみ
2010年9月7日
鈴木宗男が斡旋収賄罪で逮捕され実刑判決を受けた
鈴木宗男衆議院議員は、1997〜1998年に公共工事受注をめぐり建設会社「島田建設」から600万円、林業をめぐり「やまりん」から500万円を受け取ったとして斡旋収賄罪などで起訴された。2004年に懲役2年・追徴金1100万円の実刑判決を受け、最高裁は2010年9月7日付で上告を棄却する決定をし、判決が確定した。鈴木氏は議員失職・収監となった。
未解決
2002年
鈴木宗男が証人喚問で偽証し議院証言法違反で起訴された
2002年の国会証人喚問において、鈴木宗男は島田建設からの資金提供が政治資金規正法に違反していないこと、同社による秘書給与の肩代わりに関知していないこと、モザンビークへの国際緊急援助隊派遣に反対していないことを証言した。800万円の闇献金と秘書給与肩代わりがあり、派遣にも中止を求めていたとして、これら3件が偽証と認定され、議院証言法違反で有罪となった(懲役2年の判決に含む)。判決は2010年9月に最高裁で確定した。
未解決
1999年7月7日
鈴木宗男の秘書らがムネオハウス入札で偽計業務妨害を行った
1999年7月、国後島に建設された「日本人とロシア人の友好の家」(通称ムネオハウス)の工事入札で、鈴木宗男の公設第一秘書・宮野明と地元建設業者5人が共謀し、入札前に釧路市の鈴木事務所で入札情報と予定価格(約3億9800万円)を漏洩して他業者の参加を断念させ、渡辺建設工業ら共同企業体が随意契約で受注した。2002年4月に秘書と業者ら7人が偽計業務妨害容疑で逮捕され、業者5人の有罪が確定した。鈴木本人はこの件では立件されなかったが、入札枠の事実上の絞り込みに関与した疑いが指摘された。
未解決
1998年8月
鈴木宗男がやまりん事件であっせん収賄を行った
1998年8月頃、内閣官房副長官だった鈴木宗男は、国有林の無断伐採で行政処分を受けた北海道の林業会社「やまりん」の社長らから、林野庁幹部への働きかけに対する見返りとして500万円を受け取ったとされる。あっせん収賄罪で起訴され、2004年に有罪(懲役2年・追徴金1100万円)、2010年9月に最高裁で確定した。鈴木は一貫して無実を主張している。
未解決
1998年
鈴木宗男が政治資金規正法に違反し起訴された
鈴木宗男の資金管理団体「21世紀政策研究会」の政治資金のうち3600万円が鈴木の自宅購入費に流用され、また同団体の1998年分収支報告書から派閥横断の政治団体「構造改革研究会」からの1億円の寄付収入が除外されていたとして、鈴木と秘書2人が政治資金規正法違反で起訴された。鈴木は有罪となり(懲役2年の判決に含む)、判決は2010年9月に最高裁で確定した。
未解決
1998年
鈴木宗男が島田建設事件で受託収賄を行った
1997〜1998年、北海道開発庁長官だった鈴木宗男は、網走港・紋別港の港湾工事の受注をめぐり、北海道の建設会社「島田建設」から受注の便宜を頼まれ、その見返りに計600万円を受け取ったとされる。鈴木と政策秘書が受託収賄罪で立件され、鈴木は懲役2年・追徴金1100万円の判決を受け、2010年9月に最高裁で確定した。島田建設からの800万円の闇献金と秘書給与の肩代わりを証人喚問で否定したことは、別途偽証と認定された。
未解決